事業・店舗を売って、代金を分割で受け取るときの契約書

事業を売って代金を分割で受け取る売主は、貸金の貸主に似た立場です。引渡しの後に払われなくなる危険を、契約書で先に防ぎます。

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完済の前に運営も損益も買主のものになる契約で、買主が途中で払わなくなったら、売主の手元には何が残るでしょうか。

このページの要点

  • 売る対象は別紙の資産目録と契約一覧で特定し、引継ぎは検収書で終える。取引先との契約上の地位の移転には相手方の承諾が要る(民法539条の2)。
  • 完済を停止条件として事業を買主に帰属させ、完済前に解除したときは事業を返還させる(民法127条1項・545条)。
  • 期限の利益の喪失は催告型に、解除の事由は客観的に。「強制執行する」と書くだけでは足りず、公正証書の作成義務を書く(民事執行法22条5号)。
  • 代表者の個人責任は別の連帯保証契約書で(民法446条2項)。売主が会社なら、何も書かなくても競業が制限される場合がある(会社法21条)。

結論:分割代金は売主の貸付に近い債権。対象・完済条件・喪失条項・強制執行の四つの層で守る

事業や店舗を売るとき、代金を一括で受け取れるとは限りません。買主の資金の事情から、売買代金を何回かに分けて受け取る契約は珍しくありません。このとき売主は、買主に対して分割払いの債権を持つことになります。事業を引き渡した後で買主が払わなくなれば、売主の手元には、事業もお金も残りません。お金を貸して返済を待つ人の立場と似ていて、貸金の約束で使う債権保全の考え方が、そのまま必要になります。

事業を分割代金で売る契約書で、売主の側から確かめておきたい論点は、一般に五つあります。売却対象の明確性、分割代金の債権保全、引継ぎと責任の分離、免責・補償条項の範囲、競業禁止・人材の制限・秘密保持です。売主に有利に見える契約書でも、実際に代金が滞ったときに使えない条項が混ざっていることがあります。厳しすぎる条は緩め、そのうえで確実に回収できる設計に整える、というのが一般的な考え方です。このページは、売主が分割代金を回収する側の保全を中心に整理します。事業の対象や許認可、返金の扱いは別のガイドで扱うので、ここでは立ち入りません。

売主が分割代金を守る四つの層

  1. 1 対象を特定する何を売るのかを、別紙の資産目録と契約の一覧で決める。引継ぎは検収書で終える。
  2. 2 完済まで条件を付ける完済を条件に事業を買主に帰属させ、解除されたときは事業を返す。
  3. 3 喪失と解除を客観的にする期限の利益の喪失は催告型に。解除の事由は客観的に確かめられるものにする。
  4. 4 強制執行の裏付けを作る強制執行認諾文言付きの公正証書の作成を義務にする。個人保証は別の書面で。

層を重ねるほど、買主が負う負担も重くなります。買主が支払えない契約では意味がないため、払える計画かどうかを先に確かめて、保全の強さを決めます。

確かめたい五つの論点と、対策の一覧

契約書の条項を点検するときは、論点、リスク、対応の方向の順で整理すると、抜けが減ります。ここでは、論点ごとにリスクと対策をまとめます。

論点とリスク、対策(一般的な整理)

論点リスク対策の方向このページの節
売却対象の明確性「一式」「付随する」といった概括的な書き方では、売却の対象に含まれるかどうかで後日争いになる。顧客契約や取引関係の名義変更の手続も条文から漏れやすい。別紙に、資産、契約、取引先のリストを定める。引継ぎの責任と、合意を変更する手続を明文化する。売る対象の節
分割代金の債権保全買主が遅れたり払えなくなったりしたとき、売主の回収が難しくなる。分割代金の債権の譲渡や担保設定の制限もない。担保、保証人、代表者の保証を検討する。期限の利益の喪失は催告の後に行う。喪失・強制執行の節
引継ぎと責任の分離引継ぎの完了時点と検収の方法が曖昧。完済前に運営と損益が買主に移る。書面による検収と検収書。完済を停止条件とし、完済前の解除では事業を返還させる。売る対象の節、完済条件の節
免責・補償買主が第三者からの請求をすべて補償する条が包括的。責任の限定が二重になっていることもある。補償は買主の運営に起因する場合に限る。強行法規を妨げない旨を加える。譲渡制限・競業の節
競業禁止・人材の制限・秘密保持期間や対象が広すぎると、公序良俗に反して一部が無効になるおそれがある。対象を事業に直接関与していた者に限る。秘密情報の非該当例を明示する。譲渡制限・競業の節

売る対象を特定する:別紙の資産目録・契約一覧と、引継ぎの検収

事業の売買は、個々の資産や契約を一つの事業としてまとめて渡すものです。売却の対象を「一式」「付随する」といった概括的な書き方で済ませると、含む・含まないの解釈で争いが生じます。ノウハウや営業の関係まで含めるのであれば、秘密情報や顧客情報の扱いも、別に定める必要があります。そこで、別紙に有形資産、無形資産、顧客契約、取引関係を列挙し、売主がその内容を完全かつ正確に記載することを、条文に書く形が考えられます。

条文例売却対象と引継ぎの条(書き方の例)

1本件事業の対象は、別紙Aに記載する有形資産、無形資産、顧客契約及び取引関係とする。

2甲は、別紙Aの内容について、完全かつ正確に記載するものとする。

3甲及び乙は、引継ぎ完了時点で書面による検収を行い、検収書を取り交わす。検収後の瑕疵については、別途合意書に基づき対応する。

一般的な書き方の例です。別紙Aの書き方は、契約の相手方の同意が必要な契約を別の欄に分けておくと、引継ぎの段取りに使えます。

別紙に契約を載せるときは、移転の手続の違いを意識します。取引先との契約上の地位を第三者に譲るには、その契約の相手方の承諾が必要です(民法539条の2)。従業員を引き継ぐ場合に、使用者の権利を第三者に譲り渡すには、労働者の承諾が必要です(同法625条1項)。つまり、売主と買主の合意だけで、すべてが移るわけではありません。別紙には、承諾が必要な契約や人を別の欄で示し、承諾を取る担当と期限を決めておきます。

売主が会社の場合は、会社法の手続も確かめます。会社が事業の全部、または重要な一部を譲渡するときは、効力発生日の前日までに、株主総会の決議で契約の承認を受けなければなりません(会社法467条1項1号・2号)。決議は特別決議です(同法309条2項11号)。ただし、譲渡する資産の帳簿価額が総資産額の5分の1(定款でそれより低く定めた場合はその割合)を超えない場合は、重要な一部の譲渡から除かれます(467条1項2号括弧書)。小さな店舗の譲渡がこの範囲に収まるかどうかは、会社全体の資産との割合で決まります。売主が個人事業主であれば、この手続はありません。

買主が、売主の店名や屋号をそのまま使うかどうかも、売主の側の関心事になります。事業を譲り受けた会社が譲渡会社の商号を引き続き使用する場合は、その譲受会社も、譲渡会社の事業によって生じた債務を弁済する責任を負います(会社法22条1項)。譲受人が商人である場合にも、商法17条1項に同様の規定があります。売主が事業上の債務を持っているときは、商号の使い方を契約書で決めておくことが、債権者への説明にもなります。

書き方の例(一般的な例):売却対象と引継ぎ

論点よくある書き方整えた書き方理由
売却対象事業に関する資産、ノウハウ、取引関係などを、概括的な表現で一式として定める。別紙に、有形資産、無形資産、顧客契約、取引関係を列挙し、売主がその内容を完全かつ正確に記載する。概括的な書き方は、含む・含まないの争いを生み、取引先の名義変更の手続も漏れやすいからです。
引継ぎの完了引継ぎの後、売主は事業への関与を終了する。完了の時点と検収の方法は書かれていない。引継ぎ完了の時点で書面による検収を行い、検収書を取り交わす。検収後の瑕疵は別途合意書で対応する。完了の基準がなければ、引継ぎ漏れや情報の食い違いが、後で損害賠償の争いに発展するからです。

完済までの条件付きの譲渡:運営は移り、所有は残る

事業の売買で売主のリスクを左右するのが、完全譲渡の条の書き方です。事業の所有権の帰属を完済のときとしながら、運営の責任と損益の帰属は、引継ぎの後ただちに買主とする、と分けて定める書き方があります。売主にとっては、運営上の責任を切り離せる設計で、リスク遮断の観点では合理的です。一方で、完済の前に運営も損益も買主にあるため、買主が事業の不振を理由に支払を止めたとき、「事業は完全に引き渡されている」との抗弁を出されやすくなります。売主が契約を解除して事業を取り戻すことも、難しくなります。

対策は、完済までは条件付きの譲渡であることを明示し、事業について売主が留保する権利と、解除したときの返還義務を定めることです。民法の考え方に引き直すと、次のようになります。停止条件付きの法律行為は、条件が成就した時からその効力を生じます(民法127条1項)。完済を停止条件にすれば、事業が買主のものになるのは、代金を払い終えた時です。条件の成否が決まらない間は、各当事者は、条件が成就した場合に相手方に生じるはずの利益を害することができません(同法128条)。買主が、完済前に事業の資産を勝手に処分したり、担保に入れたりすることは、この規定でも戒められます。逆に、条件の成就で不利益を受ける当事者が、故意に条件の成就を妨げたときは、相手方は条件が成就したものとみなすことができます(同法130条1項)。売主の側も、買主が完済しようとするのを拒むことは、慎むべきです。

条文例完済を条件とする譲渡の条(書き方の例)

1本件事業は、売却代金の完済を停止条件として乙に帰属するものとする。

2完済前に本契約が解除された場合、乙は、本件事業を原状回復のうえ甲に返還するものとする。

一般的な書き方の趣旨です。実際の条では、返還の範囲、期限、方法、精算の項目を、次の表のとおりに続けて書きます。

解除したときの精算は、条文に書かなければ、民法の原則に任されます。解除権を行使したときは、各当事者は相手方を原状に復させる義務を負い(民法545条1項)、金銭を返すときは受領の時から利息を付し(同条2項)、金銭以外の物を返すときは受領の時以後に生じた果実も返します(同条3項)。解除は損害賠償の請求を妨げません(同条4項)。事業の売買では、既に払った分割金をどうするか、運営中に買主が得た収益や結んだ契約をどうするか、といった点が実際の争いになります。次の表の項目を、あらかじめ決めておきます。

完済前の解除で、精算を決めておく項目

項目決めること民法の原則
既に払った分割金買主に返すか、使用の対価や損害にあてて売主が保持するか。原状回復が原則。金銭は受領の時から利息を付して返す(545条1項・2項)。
事業の返還別紙の資産、在庫、取引先との関係のうち何を、いつまでに、どの方法で返すか。相手方を原状に復させる義務(545条1項)。
運営中の収益買主が運営中に得た収益をどう扱うか。金銭以外の物を返すときは、受領の時以後の果実も返す(545条3項)。
運営中の債務・契約買主が運営中に負った債務や結んだ契約を、売主に戻さないこと。契約書で定める。定めがなければ争いになる。
損害賠償違約金や賠償額の予定を置くか。置くなら過大にならない額にする。解除は損害賠償を妨げない(545条4項)。賠償額の予定は民法420条。

なお、完済を停止条件にした場合、完済までの間の事業の維持にも、条文が必要になります。設備の管理、保険、買主による担保設定や処分の禁止、定期的な運営状況の報告など、売主が条件の成就を待つ間に事業の価値が損なわれないようにする条です。ただし、売主が運営に口を出し過ぎると、事業の責任を切り離せなくなります。報告を受ける範囲にとどめるのが、バランスの取り方です。

期限の利益の喪失と解除を、催告型で客観的に

期限の利益の喪失の条は、支払の遅れが発生したときに、書面による催告の後で効力を発動する形にしておくと使いやすくなります。遅滞があれば催告なしに期限の利益を失い、一括請求できるという定めは、期限の利益喪失条項として債権保全に有効ですが、催告なしの即時の喪失は、信義則に反するとの評価を受ける可能性があります。喪失の方式は、期限の利益の喪失に七つの方式を整理しています。事業の売買代金では、売主は催告を挟む方式を選んでおくと、後から効力を争われにくくなります。

解除の条にも、同じ点があります。買主の「信用不安」や「事業継続困難」を解除の事由に並べる書き方は、評価の入る事由なので、使うときに、評価が正しいかどうかで争われやすくなります。財務の指標や支払不能のように、客観的に確かめられる解除の要件を明示し、催告の後に解除できる形にします。民法の定めでは、相当の期間を定めて催告し、その期間内に履行がないときに契約を解除できます(民法541条)。債務の全部の履行を拒絶する意思が明確なときなどは、催告なしに直ちに解除することもできます(同法542条1項)。債務者が破産手続開始の決定を受けたときは、期限の利益を主張できません(同法137条1号)。

書き方の例(一般的な例):喪失と解除

論点よくある書き方整えた書き方理由
期限の利益の喪失支払が遅れたときは、催告なしに期限の利益を失い、未払残額を直ちに一括で請求できる。支払が遅れたときは、売主は書面による催告の後、期限の利益を喪失させ、未払残額を直ちに請求できる。催告なしの即時の喪失は、信義則に反するとの評価を受ける可能性があり、使うときの争いを避けられるからです。
解除の事由買主の信用不安、事業継続が困難な場合など、評価が入る事由で解除できる。支払不能、差押えなど客観的に確かめられる事由を並べ、催告の後に解除できる形にする。評価的な事由は、使うときの正しさが争われます。無条件に近い解除は、権利の濫用と評価されるおそれもあります。

担保の取り方も検討します。分割期間中の担保として、抵当、保証人、法人代表者の保証が挙げられます。不動産を担保にするには、担保権の設定の契約と登記が必要です。登記の手続はこのページでは扱いません。契約書には、担保を取得できること、取得に必要な書類に協力すること、協力しないときは期限の利益を失うこと、を書いておきます。

強制執行の裏付けと、代表者の個人保証

契約書に、買主が支払わないときに、強制執行や仮差押えなどの手段で回収する旨の条(強制回収の条)を置くことがあります。手段を明示すること自体は有効ですが、実際には債務名義がなければ直ちに強制執行はできず、裁判から判決、執行へと進む長い手続が必要になります。強制執行は、確定判決などの債務名義によって行います(民事執行法22条)。公証人が作成した公正証書で、金銭の一定の額の支払などを目的とし、債務者が直ちに強制執行に服する旨の陳述が記載されたものは、執行証書として債務名義になります(同条5号)。そこで、強制執行認諾文言付き公正証書を作成する義務を、契約書に明記します。

条文例公正証書の作成義務の条(書き方の例)

1甲及び乙は、本契約に基づく金銭債務について、強制執行認諾文言付公正証書を作成するものとする。

この一文に、作成の時期(契約と同時か、一定の日数以内か)、費用の負担、買主が出頭する義務、作成に応じないときの扱い(期限の利益を失う、解除できる)を続けると、実際に使える条になります。公正証書の要件と手数料は公正証書にするときで扱っています。

公正証書が守れる範囲には限りがあります。執行証書の対象は、金銭の一定の額の支払や、代替物・有価証券の一定の数量の給付を目的とする請求です(民事執行法22条5号)。分割代金の支払はこの対象に入りますが、事業そのものの返還や、店舗の明渡しは入りません。前の節の、完済前の解除による事業の返還は、公正証書では強制できないということです。事業の返還は、解除条項、担保、保証の組合せで守り、いざ返還されないときは、別の手続が必要になります。この限界を知ったうえで、契約書の層を組みます。

期限の利益を失わせて一括で請求するとき、執行文の付与にも注意が必要です。請求が債権者の証明すべき事実の到来に係る場合には、執行文は、債権者がその事実の到来を証する文書を提出したときに限り付与されます(民事執行法27条1項)。喪失の事由は、遅れた日と催告の到達が文書で証明できるように、書面の催告型にしておくと、この要件との相性が良くなります。

買主が法人のときは、代表者に個人として責任を負ってもらいたい、という要望が出ます。売買契約書に「代表者が連帯して責任を負う」旨の条を混ぜる書き方は、個人責任を明示する意図は分かりますが、形式上は保証契約に当たり、その条だけでは書面性などの要件を満たしているか疑問が残り、保証意思の不存在を争われる余地もあります。本契約とは別に連帯保証契約書を作るか、条文の中で保証の意思を明確にします。保証契約は書面でしなければ効力がなく(民法446条2項)、電磁的記録でも足ります(同条3項)。

ここで、事業の売買代金の保証に特有の点を確かめます。事業のために負担した貸金等債務を主たる債務とする保証には、保証意思宣明公正証書が要ります(民法465条の6第1項)が、貸金等債務とは、金銭の貸渡し又は手形の割引を受けることによって負担する債務をいいます(同法465条の3第1項)。売買の代金は、金銭の貸渡しによって負担する債務ではないので、条文の文言からは、この公正証書の対象にならないと読めます。他方で、事業のために負担する債務を主たる債務とする保証の委託をするときは、主たる債務者(買主)が、保証を引き受ける人に、財産と収支の状況、他に負う債務、他に提供する担保の情報を提供しなければならず、事実と異なる情報で誤認させ、債権者がそれを知り、または知ることができたときは、保証人が保証契約を取り消すことができます(同法465条の10第1項・2項)。この規定は、保証人が個人の場合に適用され、法人には適用されません(同条3項)。代表者が個人として保証するなら、売主は、買主が代表者に財産の状況などを説明したことを確かめ、その確認を契約書か別紙に残しておきます。根保証と極度額、事業資金の保証の全体像は、連帯保証に整理しています。

このページで使う保証の条文

  • 民法446条2項・3項保証契約は、書面または電磁的記録でしなければ、効力を生じない。
  • 民法465条の3第1項貸金等債務は、金銭の貸渡し又は手形の割引を受けることによって負担する債務。
  • 民法465条の6第1項事業のために負担した貸金等債務の保証は、公正証書で保証の意思を表示していなければ効力を生じない。
  • 民法465条の10第1項・2項事業のために負担する債務の保証の委託では、主たる債務者が情報を提供する義務を負う。事実と異なる情報で誤認させ、債権者がそれを知り得たときは、保証人は取り消せる。

分割中の譲渡の制限、引抜き・競業の範囲、補償の限定

分割支払の期間中の第三者への譲渡を禁止する条は、売主の債権保全として合理的です。ただ、一切禁止とすると、買主の事業の再編や資金調達を過度に制限して、結果として買主が支払えなくなるおそれがあります。そこで、「売主は合理的な理由なく承諾を拒まない」という文言を加える書き方が考えられます。譲渡の場面は、四つに分けて考えると整理しやすくなります。

分割中の譲渡の四つの場面

場面民法の定め売主の手がかり
買主が事業を第三者に転売する事業の再譲渡は契約で制限できる。取引先との契約上の地位の移転には、その取引先の承諾が必要(539条の2)。転売を承諾する条件(完済、担保の追加、保証の継続)を、売主の承諾の条件として条文に書く。
買主が分割代金の債務を他人に引き受けさせる免責的債務引受は債権者の承諾が要る(472条3項)。併存的債務引受は、引受人が債務者と連帯して債務を負う(470条1項)。免責を承諾するかどうかは売主の判断。併存的にすれば請求できる人が減らない。
売主が分割代金の債権を第三者に売る債権は譲渡できる(466条1項)。譲渡制限の意思表示があっても譲渡は有効(同条2項)。譲渡を制限する条を置くなら、買主の事情に配慮して、通知や承諾の手続を決める。
買主が担保に入れる・処分する停止条件付きの間は、相手方の利益を害することができない(128条)。完済までの担保設定・処分を禁じる条を置く。

人材の引抜きや競業の制限も、見直す点です。人材の使用・引抜き禁止の条は、期間が長く、対象が限定されていないと、公序良俗に反して一部が無効になるおそれがあり、違約金が減額される可能性もあります。対象を「本件事業に直接関与していた者」に限るのが無難です。秘密保持の条は、秘密情報の範囲が広いと立証が難しくなるため、公知の情報などの非該当例を明示します。

競業については、法律上の原則も知っておきます。会社が事業を譲渡した場合、当事者に別段の意思表示がなければ、譲渡した会社は、同一の市町村の区域内と、これに隣接する市町村の区域内で、事業を譲渡した日から20年間は、同一の事業を行ってはなりません(会社法21条1項)。同一の事業を行わない旨の特約をした場合、その特約は譲渡の日から30年の期間内に限って効力を持ちます(同条2項)。商人が営業を譲渡した場合にも、同じ内容の規定があります(商法16条)。売主は、何も書かなくても競業を制限される場合があるため、売却後に近くで別の事業を始める予定があるなら、別段の意思表示を契約書に書いておきます。逆に、売主が事業の価値を守りたいのであれば、禁止の範囲を、地域、期間、事業の範囲で具体的に決めたほうが、有効性の面でも安全です。

免責と補償の条にも、範囲の限定が必要です。将来の収益に関する責任を負わない「成果非保証」は、原則として有効で、事業の売主にとって重要な条です。しかし、第三者からの請求を買主がすべて補償する条は包括的で、売主の過失や説明義務違反が原因の請求まで買主に負担させるのは、信義則に反するとの評価を受けるおそれがあります。補償を「買主の運営行為に起因する場合」に限り、売主の故意または重過失がある場合を明確に除きます。責任を限定する条に、故意または重過失に限る定めと、賠償の上限を支払済みの代金総額とする定めが重ねられているときは、強行法規を妨げない旨の条を加えて、条文全体が生き残る形にします。

分割代金で事業を売るときに、起きがちなこと

分割代金で事業を売る契約書の確認リスト

  • 売る対象を、別紙の資産目録と契約・取引先の一覧で特定し、承諾が必要なものを分けたか。
  • 売主が会社なら、事業の譲渡に株主総会の承認が要る場合かどうかを確かめたか。
  • 引継ぎの完了を、書面による検収と検収書で決めたか。
  • 完済を停止条件とするか、所有権の移転時期と運営の移転時期を別々に書いたか。
  • 完済前の解除で、事業の返還、既払の分割金、運営中の収益と債務の精算を決めたか。
  • 期限の利益の喪失を、催告型にしたか。解除の事由は客観的か。
  • 強制執行認諾文言付き公正証書の作成を、時期と費用を含めて義務にしたか。
  • 代表者の個人責任を、別の連帯保証契約書で定め、情報提供の確認を残したか。
  • 分割中の譲渡の制限、引抜き・競業の範囲、補償の限定を、具体的に決めたか。

よくあるご質問

事業を売って代金を分割で受け取るとき、一番の危険は何ですか。

事業を引き渡した後に、買主が分割金を払わなくなることです。売主の手元には事業もお金も残りません。対象の特定、完済までの条件、期限の利益の喪失、強制執行の裏付けの四つの層で、あらかじめ守りを組みます。買主が払える計画かどうかも、先に確かめます。

完済前に事業を買主に引き渡してよいですか。

引き渡しても、事業が買主のものになる時期を完済のときとし(停止条件)、完済前に解除したときは事業を返す旨を書いておく方法があります(民法127条1項、545条)。運営の責任や損益を引継ぎの後に買主へ移すのであれば、その部分と所有の移転時期を、条文で別々に書き分けます。

契約書に「強制執行する」と書けば足りますか。

足りません。強制執行は、確定判決や執行証書などの債務名義によって行うので(民事執行法22条)、書くだけでは直ちに強制執行できません。強制執行認諾文言付きの公正証書を作る義務を契約書に書き、時期と費用の負担も決めておきます。ただし、公正証書で強制できるのは金銭の支払などで、事業の返還は対象外です。

買主の代表者に、個人で責任を負ってもらうにはどうしますか。

保証契約は書面でしなければ効力がないため(民法446条2項)、売買契約書の中に一文を混ぜるだけでなく、別の連帯保証契約書を作るか、保証の意思が分かる形で条文に書きます。事業のために負担する債務の保証では、買主が代表者に財産の状況などを説明する義務もあるため(同法465条の10)、その確認も残します。

事業を売った後、同じ地域で同じ事業を始められますか。

何も書かなければ、売主が会社なら、同一の市町村と隣接する市町村の区域内で、譲渡から20年間は同一の事業を行えません(会社法21条1項)。商人にも同様の規定があります(商法16条)。別段の意思表示で、範囲や期間を変えられます。始める予定があるなら、契約書で具体的に決めておきます。

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